妻はもう10年くらいダイエットしているのですが、約2年前からフルタイムで働く妻はトレーニングする時間がありません。
仕事が終わり帰宅すると、6歳と3歳の子どもの世話を私と共にしているので、中々フリータイム(1人時間)を取ることができません。
しかし妻の体重推移は妻のメンタル推移と正の相関関係にあります。
すなわち、妻のトレーニング時間を確保することは妻のメンタル維持→家庭円満につながるのです。
私はどんな妻でも愛することを決めているのですが、やはり笑顔の妻が一番好きですからね。
未就学児が2人いても、妻が効率よくトレーニングする時間を捻出するために、「自分は何ができるか?」を考えています。
「スマホを見る」と「トレーニング」は同じなようで違う?
妻は帰宅後すぐに子ども達と10分~20分遊びますが、その後はほとんど遊びません・・・
ご飯の準備やお風呂(体を拭く・保湿・着替え)などは一緒にしますが、それ以外はほぼノータッチです。
それでもトレーニングすることを私は応援しています。
これが「トレーニング」ではなく、「スマホを見る」だったらどう感じるかは容易に想像ができます。
根本的に育児に参加していないのは同じなのですが、なぜ感じ方が違うのでしょうか?
不思議ですよね。。
妻のトレーニング時間を確保するためにできることは何か?
これは夫婦円満の秘訣だとも思います。
「相手が何をしてくれるか?」ではなく、「相手のために何ができるか?」を考えるのです。
私は妻が「やりたいこと」を応援したいと考えています。
そのためには私が子ども達の相手をして、妻のトレーニング時間を確保する必要があります。
私には何の見返りもありません。
ただの負担増です。
とは思いません・・・
トレーニングを継続し、妻が自分自身に自信を持ち、豊かで幸福な人生に繋がるならそれで良し。
たとえ外見が整っても、何も好転しなくても、妻本人がそれを理解し・次なる道を模索するならそれも良し。
私は愛する妻がより幸せになれる可能性があるなら、応援するだけです。
逆に言えば、私にはそれくらいしかできません。
「幸せになりたい」と思うのは妻自身であり、「幸せになるため」に行動するのも妻なのです。
私はその想いの灯が消えないように愛情というオイルを注ぎ続け、行動できる時間や空間を作り出すだけです。
これって育児=子ども達にしていること、と同じだなと感じています。
今日も妻がトレーニングするための時間と空間、モチベーションを愛情で作り出していきたいと思います。
まあたまに私が妻とイチャイチャしたくて、トレーニングの邪魔することもあるのですが・・・